認 活男【にん かつお】ブログ
認知症看護認定看護師の情報発信活動ブログ
人生論

家族の視点から考える

目次

自分自身の体験

私は十数年ほど前に祖母を亡くしたが、亡くなる6~7年ほど前からアルツハイマー型認知症を患い、家族としての介護を経験した

祖母は夜間不眠や尿失禁はなかったが自分の食べたご飯の残りを炊飯ジャーに戻す行動や、一番問題だった徘徊があり、道路を通過する車を止めては銀行まで連れて行ってほしいと声をかけ実際に連れて行ってもらったりすることが度々あった
すでに看護師10年ほどであった私だが認知症についての知識はほとんどなく、徘徊防止のために誰かが自宅に居て監視できるような体制を整えるのに必死であったように思う。

家族は私たち夫婦と早期退職した父親、仕事をしている母親そして認知症の祖母だったので見守り体制は整え易い環境であったが、そうでなかったらと思うとゾッとする

昼間の見守り担当は父親だった。しかし今まで介護とはかけ離れていたサラリーマンだったので見守りはかなり大変であったと思う。「お金をおろすので銀行に連れて行ってくれ」と何度も訴える祖母に対して「そんなことは必要ない。同じことを何度も言うな」と怒号が飛び交う毎日

そのうちとうとう疲れてきて、今日は誰が祖母の面倒をみるか”擦り付け合戦”が始まってきた。その時に犠牲になったのが私で、「看護師なのだから面倒をみることができるだろう。もう手に負えない」と言われ平日の昼間は渋々私が見守り担当をすることが多くなる。

私が勤める病院にも認知症の人が居たが、仕事で対応する看護と家族として対応する介護はかけ離れすぎていて、家でも病院でも常にイライラしていた。

そのような生活を数年続けた後に祖母は転倒して骨折。入院してさらに認知機能の低下が進行して寝たきり状態になった結果、息を引き取ることになった。90歳を過ぎていたので大往生といえばそれまでだが、

今でも覚えているのが、祖母が転倒して入院が決まった時の何とも言えない感情だ
心配をする感情が3割ほどで、残りの7割はほっとした気持ち。
うまく言い表せないが”よかった”という気持ちにも似た、自分の時間を持つことができるという希望にも似た、そんなことを思う自分がいたのか?という罪悪感も入り混じった、ほっとした気持ち。

介護する期間が長ければ長いほど心配する気持ちは低下していき、ほっとした気持ちが大きくなっていったのではないかと推測する

私が認知症の事を勉強し始めたのもこのことがきっかけだった。家族の誰かが認知症になる事により、これまで円満であった家族関係が突然悪化していく。家族員同士で介護の擦り付け合戦が始まり、相手の悪いところにばかり着目するようになる。担当になった介護者は、なんで自分がこんなことをしないといけないのか?という気持ちになり、認知症者につらく当たってしまう。という負のスパイラルに陥る

看護師という職業でありながら、認知症の人の介護という貴重な体験をした当事者として、これから同じ体験をする人達の助けになれれば。

と思っている


先日読んだ本によると
認知症の発症と同時に、その家族が抱えてきた問題が一気に表面化する

とあったが、もしかするとうちの家庭は円滑ではなかったのかもしれない。というのは少しおいておく。


思い返せばどういった行動をとればよかったか?

認知症についての学習をしてきた今、当時を振り返ってどういう行動をとればよかったのかを検証してみる

祖母はアルツハイマー型認知症で、症状としては記憶障害のみであった。お金をおろしに行く。と言っていたのは、お金が手元にないと不安でしょうがないからだろう
もしかすると、どこかにしまい込んでわからなくなっていたのかもしれないので行動を注視し何にお金がいるのかを聞いてみて不安を取り除くべきであった。
また、「お金は○○の棚の中に入れてあります」や「息子の○○が○○万円預かってます」といったメモを残すことでも安心感につながったかもしれない

自分の食べきれなかったご飯を炊飯ジャーの中に戻す行為については、戦争を体験し毎日食べ物に困っていた時代の名残ではないか
それも、「残ったご飯はこの中」とメモを貼っておき、釜をもう一個用意することや冷蔵庫へ入れるように記載することで解決できたのではないか

昼間の空いている時間を使って、役割を考えることも必要だったかもしれない

介護保険でデイサービスの利用はできる環境であったが、迎えに来ても「行かない」の一点張り。昔から気の合う友人としか付き合うことがなかった祖母にとっては、大勢の中でゲームやカラオケなどをする環境は苦痛であったのかもしれない

そう考えると、
友人と一緒のデイサービスを選択する事や、昔から物作りをすることが得意で作ったものを売ってお金に換えるのが楽しみであった事を生かし、デイサービスで取り入れてもらう等の工夫が大切であったと思う
さらには若いころから続けていた畑仕事を、できる範囲内でやっていくなど試すことは多くあったと思う。

そう考えると
その人の生活環境や背景、仕事や趣味などを把握すること”が認知症看護や介護を行う上で極めて重要という事を思い知らされる

まとめ

今読んでいる本



“認知症ありのままを認め、その心を知る”
虎の門病院認知症科の考え方 井桁之総氏


を読んでいるので、

自分が何故認知症の勉強を始めたのか?何を目標にしているのか?という事の再確認のためにブログを書いた

何事も初心に帰るのは良いことだと思っている

最後まで読んでいただきありがとうございました

ABOUT ME
認 活男
准看護師として認知症看護に関わり始め看護師へとステップアップ、在宅や介護保険制度に関わる知識が必要と考えケアマネージャーの資格を取りました。そんな時に同居している祖父がアルツハイマー型認知症と診断され家族としての介護がスタート。昼間は仕事で認知症の方と関わり、その他の時間は自宅で認知症介護という日々を送りました。精神的にも肉体的にも疲れましたが、その時の経験を生かして、認知症に苦しむ方達のために活動をしていこうと決意。認知症看護認定看護師の資格を取得して現在は認知症者本人やその家族、看護師・介護士からの相談や指導に関わっています